厳しいことを書くなら、何か意味があるのです
- 6 日前
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私は基本的に、温厚でにこやかな人間です。
それに、人がどう生きようが、それを尊重したいのが基本的なポリシーです。
何度かお会いしたことのある方はわかってくださっていると思います。
人を叱ったり、厳しいことを言うのは嫌いです。
嫌われますからね(*_*)
しかし、ときには耳の痛いことを書いたり言ったりしなければならないことを、人生の中で痛感しています。そういう役割も、時には担わなければならないことを覚悟しています。嫌われてしまうとしても。
メールのやりとりをしていて、厳しいことを書かなければならないことがあります。
それは感情任せに書いているのではなくて、ペンジュラムから指示されて書いています。あなたのガイド霊が指示を出しています。
私はメールもブログも、すべてガイド霊の指示に従って書いています。
普段温厚でニコニコしている私が厳しいことを書くのは、何か意味があります。
それくらい強いカンフル剤・ショック療法が、必要なのでしょう。良い結果にならないとしても、嫌われてでも、あなたにそれを試みる必要があるのでしょう。
「あぁ、こういうこと書きたくないな」
「あぁ、また嫌われてしまうのかな」
と胃を痛めながら書いています・・・。
それは、ブログ記事においても同じです。
「私が叱られてるみたい!」と痛切に感じることが、時おりはあるのかもしれません。
無神経に書いているのではなく、意味があってやっているのです。
「もっと遠まわしに書いてくれればいいのに」と思うこともあるでしょう。
しかし、遠まわしな表現では気付いてもらえない・響かないことも多々あるのですね。
だから歯に衣着せぬ表現を選ぶことがあります。
「ショック療法」「カンフル剤」という言葉がわかるでしょうか?
優しく諭してもノンキにしている人が、誰かが厳しい言葉で言うことで、激変することがあるのです。
また、アルコール中毒やギャンブル中毒の人など、中毒状態にある人には、「完全に隔離!」というくらい極端なことが有効です。「1日1缶までね」ではなくて、「完全に遮断」です。
スピリチュアルにおいても、スピリチュアル情報に中毒状態になる人がおり、「サイトから離れてください」「メール対応はお断りします」と突き放さなければならないことがあります。
イライラしてやっているわけではないので、どうかご理解ください。
胃を痛めてやっています・・・(*_*;
