十代、二十代、まだ若い年齢ながら、座禅瞑想を習慣にしている人がいるでしょうか?
現代日本人に「座禅瞑想」は向かない
率直に言って、「座禅瞑想」は現代日本人に向いていないです。
人生はあまりに多くの懸念がありすぎて、生活はあまりに多くの快楽に囲まれすぎていて、「心を無にする」ということが上手くいかないようです。
座禅瞑想をしてもよいのですが、30分程度のものを1か月続けても精神の落ち着きを感じないなら、その習慣は取りやめにしてもよさそうです。
その時間を他のことに当てましょう。
「瞑想しよう」という関心は良いこと
十代、二十代とまだ若いのに、「座禅瞑想をしてみよう」という関心を抱くのは良いことです。上手くできないとしても、「してみよう」というのが良い感性です。
色々な面で、良いことです。
気分の沈みや昂りを、他のものではなく座禅瞑想で落ち着かせようとする感性がもうロイヤルブルー的です!物質主義ではない感じですし、商業に盲目していなさそうです。
生活はたくさんのエンタメで溢れかえっていて時間が足りないのに、貴重な時間を座禅瞑想に費やそうというのもとても精神的です。
要するにあなたは、「無」を愛せる人です。
あなたは、感性が大人びているはずです。アニメなども好きだとしても、大人びています。
同級生や大衆とあまり価値観が合わないでしょう。少し孤独な思いをするかもしれませんが、精神としては良いことです。
動的瞑想をするとよい
座禅瞑想は、「心を空っぽにする」というのが意外と難しいです。
空っぽというか、不安も怒りも欲望も忘れられてぼーっと出来たならそれでよいのですが、ずっと明日の仕事の不安ばかり頭をよぎっている、というような人が多いでしょう。それでは意味がないばかりか、逆効果です。不安が心を締め付けているので。
そして、座禅瞑想が上手くいかないと、そのこと自体に落ち込んだりイライラしがちです。悪循環になってしまいます。
また、現代人はやることが多すぎて、時間の足りない人が多いものです。
すると、座禅瞑想ではなく「動的瞑想」をすることを推奨します。
ぼーっと、何かをするのです。
たとえば主婦なら、おかずや弁当の作り置きのために延々と野菜をみじん切りする、みたいなことです。
草むしりや畑仕事みたいなものもよいです。単純作業の繰り返しで、頭を使わずに反射でできるものは動的瞑想になります。
ジョギングやウォーキングもよいです。ダンスも動的瞑想になりえます。
ヨガやストレッチをゆっくりやるのもよいです。
また、絵を描くようなことも動的瞑想になりえます。これはコツがいるというかケースによるのですが、自然を描いたり、穏やかな気持ちで作業していられるなら瞑想的な鎮静があります。
楽器の練習も、動的瞑想になりえます。単純な運指の繰り返しで眠くなるようなものです。
歌うことも、動的瞑想にできることがあります。優しい歌を静かに歌うようなことです。
こうした動的瞑想なら、時間を有効活用しながら心の鎮静がはかれます。
眠くなってよい
動的瞑想にせよ座禅瞑想にせよ、眠くなってしまってよいのです。
眠くなるのは脳波が下がっている証拠で、心が鎮静しているのです。
そのまま眠ってしまえばよいです。