IQの高い人が思慮深いわけではない
- acousticlife111
- 2024年2月3日
- 読了時間: 3分
近年また、mensaだとかIQ、ギフテッドといった言葉がもてはやされています。
IQが高いことは、特技の一つとしてリスペクトすべきとは言えますが、IQの高い人が誠実なリーダーシップや啓蒙を担えるわけではありません。
高IQは、実はチャネリングの補助を得ている
超人的な頭脳と賞賛される瞬発力は、実はチャネリングの補助を得ています。ものすごく頭のよい人々は、チャネリングをしているのです。
空間図形の問題を解く際など、脳裏で映像を視ている実感のある人もいるでしょう。
そして霊視も霊聴も働いている自覚がなくても、「直感チャネリング」で答えを受け取っていたりします。
クイズ番組で天才的な回答をする人なども、直感チャネリングで答えを受け取っていることがあります。
高IQの人々がチャネリングで補助を受ける理由は様々なものがあります。善い人も悪い人もいます。
IQの高い人が思慮深いわけではない
この記事の要点はここです。
「IQが高い」といった形容をされる天才たちは、「頭が良い」ですが、権力者や教師やメッセンジャーに向いているわけではありません。
彼らは別に、思慮深いわけではないです。
「思慮深い」という単語が適切かはわかりませんが、思いやりを持った采配の出来る人というのは、高IQというよりも物事を多角的に、そして良心的に熟慮できる人です。
権力者や教師やメッセンジャーに向きます。
高IQの人の中にも、思慮深く優しい人もいます。
頭が良すぎて社会不適応な子を、飛び級させるべき?(ギフテッド)
近年、「幼い頃から頭が良すぎて学校に適応できない」といった子供がよく話題になります。ギフテッドなどと呼ばれています。
こうした子を、飛び級で大学に入れさせたり、高度な頭脳労働に携わさせるべきだという声が、挙がっています。
頭が良すぎても、思いやりや協調性があるならば「学校に適応できない」というふうにはならないはずなのです。頭の良さを誇示することに躍起になるから、浮いてしまいます。
社会への適応能力とは、常に知能や運動神経を100%誇示することではありません。
心でもって皆と調和しようとする思いやりのようなものが、大切です。
要するにギフテッドの子というのは、ドラムセットやけん玉が異様に上手い子と同じようなものです。
それはそれで素晴らしいことではありますが、「他のこともがんばりましょうね」という冷静な情操教育が必要です。
天才的な開発力を持ちながら、「科学依存はまずいよ」と警鐘するような人はまとも
高いIQを持ち、環境事業やITなどですごい発明をする人が偉大なわけではないです。ほとんどの高IQ者は、こういう大人になってしまいますし、それで有頂天になってしまいます。
IQが高いうえに高い良心や思慮深さを持っているなら、すさまじい発明など出来つつも、「でも科学に依存する社会を造ったらまずいよ」と警鐘するような人になるはずなのです。
このような人はリーダーとして頼もしいです。
とはいえ、IQも高く良心も高い人は、リーダーになろうとしないです。
「この社会の中でリーダーになることは不毛だ」ということまで気づいてしまうからです。学生のうちに学級委員など頑張って、それでもう嫌になります。